闇夜の森と少年

山深い森、真夜中の闇に
一人眠れないでいた12のあの夏の夜、
辺りには川の流れる音と虫の音が聞こえていた。
そこは人里からかなり離れた山奥で、いたるところに猟銃の薬莢が落ちている様な辺境の地。
夜は真の闇を持って、辺り一面を包み込んでいた。
その森の闇の中、ポツリ張られたテントの中で、仲間たちのいびきをよそに一人眠れないでいると、
外の森の奥の奥からかすかに「パキッ」っと枝が折れて鳴る音が聞こえた。

「んっ?」っと思ったが、
「気のせいか、、、」と思いかけた瞬間また「パキッ」
と枝の折れる音。
二度目の音を聞いたとき確信したのは、その枝は何者かに踏まれて、その時に折れて音を鳴らしている。
そしてその何者かはかなり大きいという事だった。
距離にして、約100mの圏内。
闇夜の森の住人が、どうやらこちらの方へ近づいて来ている。
直感的にそれを感知した。
「やばい、なんか来てる!喰われるのか!?」
少年の心の中は何とも言い表せないい「恐怖」と「好奇心」の入り混じった気持ちでいっぱいになっていった。

そのワクワクとドキドキの主は、一歩また一歩と着実にこちらに向かって近づいていると、
少年の中の野生は感じ取っていた。
テントの中には仲間が3人ほどいただろうか、、、
だがそんな現実が音を立てて迫っているとはつゆ知らず、皆すやすやと寝息をたてて夢の中だ。
ただの一人、少年の私だけがその迫りくる者の存在を感知していた。
それまでは枝を踏んだ時だけしか聞こえなかったあの足音は、土を踏む音さえ聞こえる距離まで迫って来ている。

少年の心臓は、小鳥の心拍数ぐらいの早さに高まって、呼吸は荒く、体は震えだしていた。
そして、とうとうその夜の闇歩く森の者が「ボフッ」という低音を大地にねじ込みながら3,2、、、1
テントの薄い布一枚を隔て、丁度私が寝ていたテントの縁の所にやって来て足を止めたのだ。
少年は息を殺した。
うす布一枚の向こうにいる気配は、大きかった。
「おおきい、、、」
ただそれしか思い浮かばなかった。
すると次の瞬間、やつは少年の首筋辺りにその大きな鼻を近づけて、、、
「フグルグルグル~」
と深い音を立てながら一度だけ匂いを嗅いだ。
その音は今でも鮮烈に耳に残っている。
雷にも似た深い音。
森の闇に走る、雷鳴の様な、、、
少年は、ひたすら息を殺してじっと動かないでいると、ほんの一瞬何かが繋がった様に思えた。
お互いが存在を確認した時に生まれる沈黙があったから。
その一瞬沈黙を得て、やがてやつはまた同じ足どりで遠ざかって行った。
少年は気を失う様に眠りに落ちた。

あの時の事を、四半世紀が過ぎようとしている今でも時々思い出すのは、
あの時感じた野生の感覚があまりに強烈であったということと、
やつの正体が一体なんだったのか分からないということがあるからだと思う。
熊かもしれない。
猪だったかもしれない。
でも一番確実に言えるのは
やつは、夜の森行く精霊だったということ。
私が死ぬまで無限に創造を膨らまさせてくれる、闇の精霊だったに違いないのだ。

おわり

seirei-01